大学を中心とした目的指向型構造ゲノム科学プロジェクトの提案

若槻壮市 (高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所)
三木邦夫 (京都大学大学院理学研究科)
田之倉優 (東京大学大学院理学研究科)
田中勲 (北海道大学大学院理学研究科)
月原冨武 (大阪大学蛋白質研究所)

 放射光X線タンパク質結晶学の技術的進歩とヒトゲノム計画の完了を真近にして、ゲノムに基づいて作られるタンパク質の立体構造を網羅的に決定する構造ゲノム科学を推進する動きが国内外で益々活発化している。一群のタンパク質を一網打尽に構造解析しようとする考えは、タンパク立体構造解析が迅速に行われるようになってきた80年代末頃から徐々にあらわれている。本特定領域研究「生物マシーナリー」の一分野である“集合型マシーナリーの研究”も、一つの反応系に関与するタンパク質群を一網打尽に構造解析しようとするものであり、目的指向型構造ゲノム科学(target-oriented structural genomics)の概念を先取りしたものといえる。しかし、欧米(特にアメリカ)における最近の動きは、「大型予算に基づいたプロジェクト」として大規模に行おうとするところに特徴がある。この点、これまでの研究の流れの中で行われてきた構造解析とは一線を画している。
 アメリカにおいては、National Institute of General Medical Sciences (NIGMS) のProtein Structure Initiativeが今後5年間で構造ゲノム科学に取り組む9つの研究センターに約1億5000万ドルの予算を投入し、10年間で約1万の構造を決定する計画を発表した。これらの構造ゲノムプロジェクトには、非常に多くの大学、研究所の研究者が、さまざまな形で関与している。同時に、第二世代もしくは第三世代の放射光実験施設も主要なメンバーとして参加しており、計画には必ずといっていいほど、新規高輝度ビームラインの建設、実験施設のハイスループット化が盛り込まれている。NIH自体もシカゴのAPSに一セクター(2〜3ビームライン)を構造ゲノム科学専用ビームラインとして計画中である。
 一方、我が国では、理化学研究所横浜研究所ゲノムサイエンスセンターを核とする構造ゲノム科学プロジェクトが昨年度よりスタートしており、すでに横浜にはNMRパークが、SPring-8には2本の構造ゲノム科学用専用ビームラインを備えたハイスループットファクトリーが建設されている。また、同じく理化学研究所播磨研究所の、倉光・横山を中心とする高度好熱菌の連携研究プロジェクト、経済産業省の膜蛋白プロジェクト、農水省のイネの構造ゲノムプロジェクト等も始動している。こういう状況の中で、大学の研究者のイニシアティブで進める構造ゲノムプロジェクトはこれまで計画されていなかった。
 構造ゲノム科学の根幹をなす構造生物学の分野を概観すると、我が国の研究者の数は欧米に比べて非常に少ない。放射光X線結晶構造解析ビームラインの数では欧米の数分の一であり、生産性では世界的なレベルにあるものの、ユーザーにとっての使いやすさや性能において改良の余地があるものが混在している。欧米ではもともと高レベルの基盤整備に加えて、上記のような複数の拠点で並行して技術開発及びその成果の応用ができる体制を急速に整えつつある。我が国においても、構造ゲノム科学分野、さらにその後に新たに展開される構造生物学分野における貢献度を高めるためには、当該分野の研究者の大多数が積極的に参加できるような基盤整備を早急に行う必要がある。
 そこで、日本結晶学会・構造ゲノム科学ワーキンググループが中心になり、1年以上前から、大学を中心とした構造ゲノム科学プロジェクトに関してその基本構想を討議してきた。これらの議論を通して、次頁に示すようなタンパク質結晶構造解析ネットワーク運営委員会(仮称)をつくり、そこを核として全国の大学、研究所の構造生物学者、生化学者、細胞生物学者等が目的指向型の構造ゲノム研究ネットワークを形成し、協力し合いながら構造ゲノム関連、放射光X線結晶構造解析関連の技術開発を行うという提言に至った。その骨子は次のようにまとめることができる。

  • 複数の研究拠点がネットワークを形成し、研究者の創意と自主性により生物学的・医学的に重要なタンパク質の構造・機能解析を5ヵ年計画として推進する。これらの拠点はプロジェクト終了後も構造生物学研究の拠点として機能する。

  • 各研究拠点は、X線・NMR構造生物学グループを中心に、生化学、分子生物学、細胞生物学、医学系の研究グループを構成メンバーとする。

  • 各研究拠点は長期的観点からの人材養成の役割も果たす。

  • 放射光ビームラインの高度化とハイスループット結晶構造解析関連技術は、各研究拠点間や、SPring-8等と連携協力しながら、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーが中心となり研究開発を行い、その成果は速やかに各機関の共同利用に供する。
 こうした提言を踏まえて、文部科学省は平成14年度から「タンパク3000プロジェクト」と名づけたプロジェクトを立ち上げるべく準備を進めている。このプロジェクトでは上記理研プロジェクトと並行して、全国の大学等の研究者の力を結集し、他省庁の関連機関とも連携を取りつつオールジャパンの体制で、今後5年間で約3000種、もしくは全世界の構造生物学のアウトプットの3分の1に貢献することが計画されており、現在、そのような研究体制を確立するための方策の検討が進められている。我々の提案している、「大学を中心とした目的指向型構造ゲノム科学プロジェクトのネットワーク」は、「タンパク3000プロジェクト」の重要な一翼を担うべく、構造ゲノム関連技術の開発・整備を行い、生物学的に重要なタンパク質について5年間で500ないし600の構造解析および機能解析を行うという計画である。タンパク質の構造および機能研究に実績を持つ大学等の研究者が、これまでの研究基盤を踏まえた上で、このプロジェクトへの貢献を果たすことが期待される。


Last updated: January 10, 2002
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