PF構造生物学グループの現状 生物マシーナリーNewsletter No.7
   ハイスループット放射光X線構造解析実験施設と
   細胞内蛋白質輸送系と糖鎖修飾系の構造ゲノム科学

VI. X線蛋白質結晶構造解析のハイスループット化にむけて

 現在、当研究所では、2.5GeVのPhoton Factory(PF)で4本の蛋白質結晶構造解析ビームライン(表1)が運営されているが、いずれもベンディングマグネットを利用しているため、異常分散を利用する多波長異常のハイスループットなX線蛋白質結晶構造解析に適したX線強度が得られていない。そこで、敷地内の6.5GeVの蓄積リング(PF-AR)に新たにMAD用のビームライン(AR-NW12)を建設中である。また、PFのリング改良案として格段に強度の高い挿入光源ビームラインの可能性が検討されている。我々のグループでも新規ビームラインにハイスループットなX線蛋白質結晶構造解析MAD測定用システムを開発し導入することを提案している。

表1 PF構造生物学グループビームライン
ビームライン
手法
波長範囲
(Å)
検出器
特記事項
BL-6A
PX/MAD
0.9〜1.35
ADSC-Q4
2001年秋より新実験架台共同利用開始予定。
BL-6B
PX
0.9〜1.8
40cm×
80cm IP
稼動中。(坂部プロジェクト)
BL-6C
PX
0.9〜1.8
Galaxy camera
2002年春から共同利用開始予定。(坂部プロジェクト)
BL-15A
SAXS
1.5
PSPC,
XR-II等
稼動中(協力ビームライン)
BL-18B
MAD
0.5〜2.0
ADSC-Q4
稼動中。
AR-NW12
MAD
0.73〜1.77
検討中
建設中。2002年10月以降に共同利用開始予定。
PF 挿入光源
MAD
0.73〜1.77
検討中
科学技術振興調整費プロジェクト
PF 挿入光源
MAD
0.73〜1.77
検討中
提案中
PF 挿入光源
MAD
0.73〜1.77
検討中
提案中

(1)既存ビームライン

 PFではBL-6A、6B、18Bの3本のビームラインが蛋白質結晶構造解析用として、またBL-10C、15AがX線小角散乱用ビームラインとして稼動している。現在、PF構造生物学グループはこのうちBL-6A、18B、15Aを担当している。
 BL-6A、18BにはADSC社製の2×2CCD、Quantum4Rが2000年に設置されデータ収集の効率化が図られた。さらに、BL-6Aでは分光結晶器、CCD専用の実験架台を新たに設計し2001年6月に設置した。ここでは、光学系の調整、MAD実験の設定等のために、PF小菅隆氏によるアプリケーション間簡易通信プログラムSTARSをベースにしたユーザーフレンドリーなGUIも導入する。制御系およびコントロールソフトウェアはまだまだ完成したとは言いがたいが、BL6Aの新しいセットアップで既に、2量体で分子量3万程度、Met残基を6つ含むタンパク質について、0.1mm前後の結晶を用いてSeMetのMAD実験を行い構造決定に成功している(図7)。

(2)AR-NW12 MADビームライン

 来年度後半の運転開始を目指して、河田洋教授、野村昌治教授、技官の方々の協力のもとに松垣直宏助手が中心となって、高強度(0.2 mm×0.2 mmのスリット後で1 × 1012photons/sec)のMADビームラインの計画、建設を進めている。このビームラインは元々、現在AR北棟に建設中のNW2ビームラインに、EXAFSとの相乗りビームラインとして計画されていたものであるが、2000年12月に計画変更があり、AR北西棟に蛋白質解析専用ビームラインNW12として独立に建設する事になった(表2)。
 基幹部と平行化ミラーの間には2メートル以上の間隔をおき、将来ダイアモンド分光器を設置して固定波長のサイドステーションの建設ができる可能性を残しておく。なお、検出器としては、下記の次世代2次元X線検出器の完成後はこれを設置する計画である。ARリング自体は2002年1月の運転再開に向けて準備が進められている。

表2 AR-NW12 MADビームラインのデザイン目標
光源
Tapered Undulator(バンド幅〜500eV )
エネルギー
7‐17 KeV, 12.7KeVで最適化
光学系
平行化ミラー
液体窒素冷却シリコン(111)分光器
ベントシリンダー型集光ミラー
Flux through 0.2 mm by 0.2 mm
1 × 1012 photon/sec
ビームの発散(試料位置での)
0.3−0.4 mrad
エネルギー分解能(DE/E)
2 × 10-4
検出器
CCD(受光面180mm角以上, 長期安定性、メンテナンスフリー)


(3)ハイスループットX線結晶構造解析プロジェクト

 数々の構造ゲノミクス計画から得られる膨大な数の蛋白質の構造解析を遅延なく進めるには、高精度なX線蛋白質結晶構造解析用ビームラインが不可欠である。ハイスループット計画では、まず、超高精度な自動X線結晶構造回折実験装置を開発する。上記ビームラインでは、そのX線強度の飛躍的な進歩により数ミクロンから数十ミクロンの微小結晶の回折実験が可能となるが、それに相応して回折実験の精度の向上が求められる。そこでは、可視化の困難な微小蛋白質結晶の実験にそなえ、まず微小蛋白質結晶に含まれるトリプトファンやチロシンからの蛍光を高倍率の蛍光望遠鏡を用いて可視化し、オンライン画像解析プログラムと組み合わせることにより、蛋白質結晶の自動認識、自動位置調整を行うシステムを開発している。さらに、回折実験用の回転軸の回転精度を1ミクロン程度まで改良することで、微小結晶に十分対応できるようにする。
 次に、ビームタイムの効率利用、実験者による誤動作防止のために、液体窒素で予め凍らせた蛋白質結晶を実験ハッチ内で自動交換する装置を開発する。通常の回折実験では、それぞれの蛋白質結晶を実験者が液体窒素デュワーから取り出し、回転軸に装着、位置合わせ、実験ハッチからの退室操作等、X線露光以外にかける時間がビームタイムの大半を占める。これらの動作を、ロボットを使って自動化することで、ビームライン全体の効率が優に5-10倍改善できる。これに相当する改善を放射光リングもしくは光学系の改良で行おうとすると莫大な費用が必要となる。
 また、こうして改良の進んだ実験装置から得られるデータをいち早く解析しビームタイム中に結晶構造を決定するところまでこぎつけられる環境を整えることは同様に重要である。そのための一方法として、インターネットを活用してリモートオンラインでデータ解析を行えるシステムの開発を行い、各ユーザーの大学、研究所等からWEBページで実験の進み具合を数ヶ所から同時にモニターし、データ解析のコマンドファイルを走らせる機能を備える。現在、蛋白質発現、精製、結晶化、X線回折実験、データ処理、構造解析の情報を網羅的に扱うunified databaseを構築し、放射光研究施設内だけでなくリモートアクセス、モニタリングができるようなツールを開発している(図8)。こうすることによって、実験中にすでに現在進行中の実験データでどこまで構造が決められるかの判断ができ、実験のフィードバックがかけられる。これを実現するためには、高速データ転送、セキュリティーのチェックをそなえたシステムの開発が求められる。



 これと並行して、結晶化トレーのまま可視光と放射光X線の両方で結晶のスクリーニングを行い、さらにロボットを用いて結晶を極低温自動ループ装填を行う装置(図9)も開発する計画である。現在各国で進められている構造ゲノムプロジェクトで開発されているハイスループット技術で最も開発の遅れているのは、結晶化トレー内の結晶を迅速に液体窒素で凍らせる技術である。ここでは、大規模結晶化ロボットで作られる結晶をまず可視光および紫外光で検索し、候補となる結晶については、下から上方に向かって出てくる単色X線を当て、上部に設置するX線CCDカメラで回折、分解能を調べるということを目指して開発を行う。十分な分解能が得られたもののうちクライオプロテクタントの入っているものについては、ロボットアームにつけたループで拾い上げ液体窒素内のコンテナーに装填する。クライオプロテクタント条件下でないものについては、一定のプロトコールで母液をクライオプロテクタントに換えてから液体窒素内コンテナーに入れる。
 これら超高精度自動X線結晶構造回折実験装置、ロボティクスを使ったクライオ結晶自動交換装置、次に述べる次世代2次元X線回折検出器等を新たに建設するビームラインに据え付け、システム全体としての効率化を図る。


(4)HDTV−FEXS技術に基づいた次世代2次元X線回折検出器の開発

 当研究所を中心に開発されたイメージングプレート(IP)検出器、主に米国で開発されたテーパードファイバーオプティクスCCD検出器等が広く放射光実験施設で使用されている。特に後者のCCD検出器は、読み取り時間が0.3秒から10秒程で、1データセットを測定するサイクルタイムを格段に短縮し、クライオ技術の進歩と相まって、放射光X線蛋白質結晶構造解析法を格段に飛躍させた。しかしながらCCD検出器は、ダイナミックレンジが最高でも16ビットしかなく、飽和したピクセルがその近傍や列方向にはみ出しデータの質が著しく損なわれる。これらの問題点を解消すべく、欧米諸国で進められているのが、ピクセルアレイ検出器である。単一エレメントおよび小規模集積検出器ではその基本的な性能が達成される見込みがつきつつあるが、蛋白結晶解析に使えるような大面積の検出器にスケールアップする方策が十分施されていない。またピクセルアレイ検出器はphoton countingのため高カウントで非線形性応答になるという難点がある。

 そこで我々はこれらの問題がほとんどないHDTV-FEXS(Field Emitter X-ray Sensor)あるいは、HDTV−X線HARP管(High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)に着目した(図10)。既に、NHK放送技術研究所の谷岡健吉博士と高エネルギー加速器研究機構の兵藤一行博士の共同研究で可視光HARP管を医学用に応用しCCD検出器と比べて800倍の感度を達成している。ここでは更に、谷岡健吉博士の技術をもとに、NHKエンジニアリングサービスの望月亮氏との共同研究としてHDTVをベースにした2次元X線検出器を開発し、それを上記のクライオ結晶自動交換機能をもったX線回折実験装置に組み込み、これまでの実験装置に比べて2桁以上の性能向上をはかり、構造ゲノミクスの飛躍的な加速に寄与することを目標とする。第一段階として、HARP撮像管を直接線感知型の検出器に改良する開発研究を始めている。
 FEXS検出器は従来のIP、CCD 2次元X線検出器、さらには、現在開発が進んでいるピクセルアレイ型2次元X線検出器に比べて、格段に性能が上がるため、蛋白質X線結晶学の分野はもちろんのこと、より広い意味でのX線結晶学、時分割X線溶液散乱実験等への波及効果が大きいと考える。諸外国に遅れをとっている二次元X線検出器の分野において、HARP管という日本独自の技術をベースに次世代の超高性能X線検出器を開発することで、2次元X線測定器関係の分野でのリバイバルを促す。